演目はショスタコビッチの交響曲第5番と武満徹作品。とりわけ注目されるのは前者だ。ロシア人の作曲した交響曲を取り上げて欲しいとのリクエストに応えたものだとか。
リハーサル当日、ファーストコンタクトの最初の10分に至るまでに佐渡裕は繊細な指示を出す。ある一つの指示が楽団員のハートをつかむ。
第3楽章のチェロがメロディを奏でる箇所。「白黒の写真でチェロだけに色が付く。例えば赤。ハッとするような赤です」
それから展開される充実したリハーサル。この間の展開が実に面白かった。
その首席チェロ奏者が演奏会終了後語っている。
「オーケストラは指揮者が心を開いて音楽について語った時に反応する。指揮者が音楽で伝えたいことを我々は待っている。心を開いて音楽を語る勇気があればお互い簡単に分かり合える。彼は私たちの心を動かして彼のために演奏したいと思わせた」
佐渡裕の信条は彼自身が語っていた。楽譜に添って沿って忠実に再現するのではなく、音楽の心を伝える・・・・・・
そして5月22日のステージ当日。その具現化に彼の指揮はエネルギッシュだ。186センチという大柄の体が飛び跳ねる。頭から顔から汗が流れ落ちる。いや飛び散っている。
このパフォーマンスに落語の桂枝雀に影響を受けたというから面白い。高座で座布団に足の指一本掛かっていれば後はどう動いてもいいはずというサービス精神。それは聴衆への愛情表現だ、と。
演奏後、スタンディングオベーションは鳴り止まなかった。
最後のカーテンコールのステージから汗と涙にまみれた顔で戻ってきた彼を迎えたのは楽団員。一人一人が手を差し伸べていた。どの顔にも演奏は成功したという充実した表情に満ちあふれている。
第1バイオリンの楽団員は言う。
「凄くエネルギッシュな人。彼の放つエネルギーが楽団員全員に伝わっていた。彼は持てる力をすべて作品に込めていると感じた」
そして、ステージから引き揚げてきた佐渡裕自身の「凄い音が返ってきた」との声がすべてを表していた。上着を取ったままソファに腰を沈め、「着替える気にもならない」と余韻を楽しむような姿が眩しい。
翌日、地元の有力新聞は、
「大成功。注目に値する。ベルリンフィルはどのデビュー指揮者に対してもこれほど献身的に演奏するわけではない・・・」
と絶大な讃辞を贈っていたという。
5月20日の演奏会も6月11日、「情熱のタクト」に次いでNHK-BSで放映された。この録画も楽しみだ。
演奏会のライブ版がCDで6月末日(下図)、DVD、ブルーレイが9月に発売になるそうだ。ベルリンフィルとの演奏がCD化されるのは多分、小澤征爾に次いで二人目だろう。
佐渡裕は兵庫県立芸術文化センターの音楽監督でもある。バーンスタイン最後の弟子として注目され始めた頃から、飾り気のない大きな人物と思っていた。彼は決してエリートではなかったのだろう。小学校時の夢を実現さてしまうには幸運もあっただろうが、何しろ努力家に違いない。当年50歳。指揮者として、これからますます輝きを増すだろう。ベルリンフィルからの再度のオファーは間違いなくあると信じている。
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